移転

引っ越します。

新しいところ
↓↓

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手をつなぐ

三人で散歩に行った帰り、もう歩けないと道に座り込んで、
抱っこは無いよと親が先に行きかけるのを泣きながら追いかけて、
まあでも、どこかで抱っこしないとしょうがないなと
こちらが思っていたら、
おもむろ、妻と手をつないで、結局最後まで歩いた。

20130930kamikitazawa

息子は、苦手なことがいろいろある。
そのひとつが親と手をつないで道を歩くことで、
だからこんな普通のことだがとんでもなく貴重に思えて、だから僕は写真を撮る。


春、息子が自閉症と診断された時は、目の前が真っ暗になるような気がした。
受け入れるしかないと頭でわかっていても、やはり受け入れ難かった。

受容。
受容とは、葛藤を制御することだ。

たとえば息子と同じくらいの子どもが、
多くの言葉を使って親と会話しているのを街で見かけるたび、
うちの子はどうして話せないのだろうと、
身を削られるような思いにとらわれる。
そんなふうに思っても何にもならないと自分に言い聞かせても、
どうしても思わずにいられない。
人並みであってほしいのだ。普通であってほしいのだ。
つまらない? いや、つまらなくなんてない。
だからせめて、そういう物思いを認めて、見つめて、制御する。
それが僕にとっての受容だ。


とはいえ、ようやく覚悟も決まってきた。
何があっても、家族を護る。
もういちど春が来る頃には、新しい子も生まれてくる。
いろんなことと、しっかり向き合っていきたい。

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いなくなった

ひさしぶりに大阪へ行く機会があり、
夕暮れ時、実家のバーがあった堂山町界隈を歩いた。

梅田中通り商店街のアーケード、
こどものころ、父がよく冷麺を食べさせてくれた
ふるい焼肉屋に寄ろうとしたら、風俗の案内所になっていた。

それならと、むかし実家の常連さんが
よく連れて行ってくれたスナックに顔を出そうとしたら、
お好み焼き屋になっていた。
知らない屋号だった。

しばらくぶらぶらして、なんとも徒労で、
アーケードの真ん中に立ち止まり、ぐるっと周りを見た。
東京でも見かけるような、よくマーケティングされた居酒屋、
あれもそう、あれもそう、
あとは風俗店、風俗店、風俗店。
みんなどこへ行ってしまったのだろう?
みんないなくなってしまった。

誰かが耳元で言った。
いなくなったのはおまえやろ。


確かになあ。そのとおりや。
新大阪に向かうJRから見た淀川は、墨汁のようだった。

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四人

「猫がいるんよ、うちに」
と、友達が言った。
「猫?」
「そう、ショートヘア」
「何歳?」
「5歳」

その夜、彼女が誘ってくれて、
東京タワーの近くにある中国料理の店で食事をした。
会うのは三年ぶりだった。

「それがね、前に一緒に住んでたひとの猫やねん」
「ほう」
「で、別れるときにね、猫をくださいと
 だめもとで言ったんやけど、これがあっさりオーケーで」
「うん」
「驚かない?」
驚かないな、と僕は思った。
「俺が誰かと住んでて猫を飼ってて、
 別れるときに猫をください言われたら、あげると思う」
「あっさり?」
「あっさり」
「そういうのって、変じゃない?」
「変じゃない」

前段、店に向かう路地で、
前を歩いている細身の黒いコートが目に入った。
姿勢が良くて、後ろ姿ですぐに彼女とわかった。

「仕事の帰りがいっつも遅かってん、そのひとが」
「うん」
「で、夜ね、いっつもベッドの端にいて」
「猫が?」
「猫が。ドアのほう向いて待ってるの。
 彼が出てったあとも、しばらく毎晩そうやってしてた」

大学時代、彼女と僕と、
彼女の当時の恋人と僕の前の妻は
京都の国際交流団体のボランティアで同期だった。
四人一組で、何かとつるんでいた。

「猫を残して出て行く」
と、僕は言った。
「それで、どこかで似た猫を見かけたとき、
 きみのことを思い出すことがあるかもしれない」
「彼が?」
「彼が。
 今どうしているだろうか、
 あの猫と暮らしているだろうか。
 男はそういうところあるよ」
「女は無いわあ、そういうの」
「そうやろうね」

大学時代、四人で何をしただろう。
サマーキャンプのボランティア部屋で、どうしていただろう。
僕と彼女がいつも何やら悪だくみで、
ひそひそ話して、げらげら笑って、
それを大概、彼女の恋人と僕の前の妻が見ていた。
彼らはどんな顔して見ていただろう?

「あなたたちが結婚したでしょう。あれ何歳?」
「二十六歳」
「ちょうどそのころ、私と彼はだめになって」
「そうね」
「やるせなかった。
 どうしてそっちはそうで、こっちはこうなのかって」
「正直やね」
「正直よ。で、離婚したやん。あれ何歳?」
「三十一歳」
「いい言葉が見つからないけど・・・
 そうね、納得したんよ」
「納得?」
「やっぱり・・・そうね、やっぱり。
 やっぱり四人ばらばらになったんやって」
「うん。わかるよ」

東京に出てきて十五年、
お互いの語尾やイントネーションに標準語がまざって、
どこの土地の言葉か不明瞭になっている。

「ああ、そうそう」
と言って、彼女が前の妻の名を口にした。
「子ども産まれたの知ってる?」
知っているわけがない。
「再婚したの?」
「したした。二年前かな。
 で、去年の十月に生まれた。男の子」
「去年の十月か。うちとちょうど2歳差やな」
「ねえ、どう?」
「どうって?」
「どう感じる」
「嬉しい。幸せでいてくれるなら嬉しい」

そうして僕らは四川だれの棒々鶏を食べ、
パクチーをのせたワタリガニを食べ、
つやつやした黒酢豚を食べた。
春の匂いがする夜だった。


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スーパーマーケット

日曜の夜、仕事帰りに寄ったスーパーマーケットで、
一歳ぐらいだろうか、まだよちよち歩きの男の子が
興味津々、棚の間を歩きまわりながら、
ヨーグルトやらマヨネーズやら、
届くところの品々に、紅葉みたいな手を伸ばしている。
そのたびごと、
うしろについている心配顔の若いお父さんが、
さわっちゃだめ、持ちなさんなと注意するのだが、
男の子は訊いているような訊いていないような、
とうとう最後は500ミリのビール缶を両手で持って、
お父さんに正面向いて、どうだとばかり頭上に掲げた。
これには流石にお父さんも苦笑い、
それからベビーカーを押しているお母さんや、
夫婦のところへ遊びに来ているらしい
おじいさんとおばあさんも加わって、家族で大笑いとなった。
男の子は大いに得意、
彼が着ているコーデュロイの上着、
あれは老夫婦から孫へのプレゼントだろうか、
サイズは70か80、すぐにも着れなくなるだろうけど、
とても良いものに見えた。

僕が自分のビールをカゴに入れてレジへ持って行くと、
顔馴染みのパートのヨシダさんが、
その家族の様子に目を細めながら
「カワイイデスネ」
と、いとおしそうに言う。
ヨシダさんは日本の名字だが、
言葉に中国のアクセントがはっきりあって、
海を渡って嫁いできた人と思われる。
「ほんとにね」と僕も答えながら、
日曜の仕事の疲れも、いくぶん軽くなるような気持ちがする。

勘定を済ませて歩き出した先に、
3歳ぐらいの女の子を抱きかかえた若いお母さんが立っていた。
細いグレーのコートはどうやら仕事帰り、
延長保育に預けた娘をようやく迎えに行ったところだろう、
しかし女の子はどうにも不機嫌、
何をされても気にくわない様子で、
えんえん言いながら身をよじるから、
お母さんの持っているカゴが飛び出て通路をふさぐ。
それに気づいて、こちらに
「どうもすいません」と疲れた声で小さく言うので
「ちっともかまいません」
と、本当にそう思いながら答えると、
女の子はちょっと恥ずかしくなったのだろうか、
ぐずるのをやめて、こちらをじっと見ていた。

いとおしさもわずらわしさも、
みんなこどもがくれるものだ。
前はそうでもなかったが、今はそうだ。
顔を見たくて、急いで帰った。

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雪国

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雪国は今まで何回も読んでいる小説で、
何回も繰り返し読むということは
それだけ強く惹かれるものがあるということなのだが、
惹かれるからと言って、じゃあ好きかと訊かれると
好きというのは正直ためらわれる。後ろめたいからだ。 

確かに文章は呆れるほど美しく、
日本語表現の極北と言っていい。
そして、そのような極端に美しい文章で何が書かれているかといえば、
『美しいっていうのは、こういうことだよ』
ということの過剰なまでの例示であり、
その主要な部分は、『女という存在の美しさ』についての叙述で占められる。 

とりわけ強い印象を受けるのは、
このことを語るにあたって
川端康成が
女という存在を、
徹頭徹尾
『人』ではなく『モノ』として扱っているように見えることだ。
女の真剣な生き様や哀しみの発露を、
それこそ『美術品』として、微に入り細に入り『鑑賞』する態度である

『人のモノ扱い』、これは
西洋近代(モダン)の価値観からするとまぎれもない悪徳である。
だが、悪徳だからこそ強烈な魅力を発散することもまた事実で、
そこに後ろめたさが生まれる。
ここあたり、フランス革命期にマルキ・ド・サドが激烈に嫌悪された理由と
本質的に似ているところがある。
つまりは行儀の悪さへの憧れ、不健康な食べ物への渇望であり、
川端の場合、サドとの違いは、
非常に丹念に砂糖がけされていることだけだ。

このような『人のモノ扱い』を一例とする
『前近代=プレモダンの背徳』を通奏低音にしたやりかたは
現在に至るまで枚挙に暇が無く、
その後ろ暗い訴求力は、多くの人々を惹きつけ続けている。
それはたとえば村上春樹の諸作品の中にも色濃くあるし、
たとえばファイブスター物語のヒロインが人造人間であることもそうだし、
広く言えば、
砂糖がけをさらに徹底されて、『萌え』という概念の一部にもなっている。

きれいなところだけ抽出するということは、
つまり汚いところは全部捨てるということで、
人に対してそれをするには、モノとして扱うしかない。
そのような残酷を完全にやりきっているという点で、
雪国は再読のたびに感心する小説だ。
だが好きというのは、やはりためらわれる。
並外れて異常だ。
並外れて欠落している。
しかしそのように巨大な欠落こそが、才能なのだと強く感じる。

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花と刀

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礼賛の言葉は花のよう
だが一瞬で刃物に変わる
あのひとはなんて立派だろう
それにひきかえあの馬鹿は
返す刀で切りつける心地よさ
その心地よさに浸るひとの顔を見る
その心地よさに寄り添うひとの言葉を聞く

やがてしおれて落ちるにしても
花は花であるままがいい
心地よい刀は欲しくない

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明け暮れ

今年も結局、自分の中のよくわからないものと争って
終わり無く消耗することに明け暮れた。
パニック、失語、憂鬱と不安と希死念慮、
そしてそれらすべてに対する恐怖の波濤が常に頭のなかにある。
なぜあるのか?なぜ無くならないのか?
内側だけで疲れ切ってしまうなんて、
あまりに不公平が過ぎると思わずにはいられない。

だがなんとか今年も仕事を失わず、
不満足だが、なんとか生きた。
来年も、こうして生きていくだろう。
生きていかなければ死んでしまうし、
死ぬわけにはいかないからだ。
深夜、家に帰ると、
息子のお絵かきボードに妻がおつかれさまと描いていた。
寝室で、二人の顔をしばらく眺めた。

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家族

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妻は五人きょうだいの長女である。
妻の母には妹が一人いて、彼女も四人の子を産んだ。
つまり僕の義理の祖父には、九人の孫がいる。

彼は二年前、僕の息子が生まれた日に亡くなった。
初めての曾孫だったが、会うことはなかった。

その三回忌となり、長野立科の墓を参った。
墓は本家の近く、稲穂の中にあって、
よく手入れされた風よけの灌木に囲まれていた。
代々の血族が眠る大きな墓だ。
初代の命日は天保年間だった。

母の妹は若くに病を患って亡くなってしまい、
彼女の夫は再婚した。
だから法事に来るのは、
四人の子どもたちとその父親、
そして、その後添いの奥さんだ。
妻の実家の人たちは全般、酒を飲まないが、
この奥さんは滅法強い。
僕も強くはないが好きなので、
真っ昼間から二人だけ、ビールをこんこん飲む。

彼女と夫、そして四人きょうだいの長男が
その日のうちに東京へ帰るという。
僕も次の日が仕事なもので、
妻と息子を残して戻る予定だったから、
車に同乗させてもらうことになった。
長男が運転、父親が助手席で、奥さんと僕が二列目だ。
四人のうち三人は、法事の主役と血のつながりが無い。

関越道の横川サービスエリアで、
奥さんが「晩ごはんに」と、名物の釜飯を買ってくれた。
自宅に戻って食べるとつくづく旨く、
妻に電話で話すと

「その釜飯、
 子どものころおじいちゃんと出かけたとき、
 いつも食べさせてもらったものよ。
 懐かしい」

不思議なものだなと、よい気持ちがした。

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オーヘントッシャン

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うちの実家はむかし、大阪の梅田で小さなバーをやっていて
僕も東京に出るまでは
ちょくちょく顔を出しては
大人の男や女にまじってみるのが好きだった
酒が飲みたくて行ったのではない
せいいっぱい背伸びして、夜の空気を吸いたくてのことだった

そのころはよく知らないまま
アーリータイムズあたりを飲んでいたが
もちろん味などわからない
うまいと思ったこともない

東京に出てきて
下北沢やら神楽坂やらに、ちょっと行きつけのところも出来て
マッカランだボウモアだと知ったような顔をするようになったが
なんだか格好つけていただけのことだ

きのう、意外にも仕事が早くひけたので
久しぶりにバーへ行ってみる気になった
薄暗い階段を地下へ降りると、客は誰もいなかった
どうしますかと言われて
なんとはなしにオーヘントッシャンを頼んだ
ひとくち含むと強烈なアルコール
やっぱりウイスキーなんてろくなもんじゃない

ところがそのあと
燻した樽のにおいに体の中が満たされると
背伸びして飲んでいた昔が一気に思い出されて、ちょっと悪くない気分になった

あの実家のバー
堂山町の雑居ビルの三階の奥
一階の揚子江ラーメンのトッピングの春菊
向かいのカラオケスナック
歌手になりそこねたマスターと、音大生のバイトがいた
出前してくれるお好み焼き屋のゲイの夫婦
にぎやかに話しているのに、なぜだかひっそりして見えた
あの街の夜は楽しかった

ウイスキーはうまいとはいえない
でも思い出を想起させるには良いらしい
ということは少なくとも、意味はあるということだ

それはそうと、オーヘントッシャンはゲール語で
『野原の片隅』という意味らしい
バーテンダーが教えてくれた
なかなか詩だなと思った

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臆病な男の話と歌

Pocket_garden


田中相の『地上はポケットの中の庭』の表題作は
とても臆病な男の話で、
まあだいたい男というのはおしなべて臆病なものだから、
つまるところ男全般についての話といえる。

老人の自宅の庭に子や孫が集まり、彼の誕生パーティーをしている。
老人は誕生席で自分の人生を追憶しながら
『出会えば別れる』
『始まれば終わる』
『すべては終わる』
などと考えて不機嫌だが、
妻の産んだ子、子の産んだ孫を見るうちに
『なぜか不思議と悪くない』と思う。

たったそれだけといえばそうだが、
キュートで、余韻があり、共感を誘う。


ビリー・ジョエルのAnd so it goesを思い出した。

In every heart there is a room
A sanctuary safe and strong
To heal the wounds from lovers past
Until a new one comes along

I spoke to you in cautious tones
You answered me with no pretense
And still I feel I said too much
My silence is my self defense

And every time I've held a rose
It seems I only felt the thorns
And so it goes, and so it goes
And so will you soon I suppose

But if my silence made you leave
Then that would be my worst mistake
So I will share this room with you
And you can have this heart to break

And this is why my eyes are closed
It's just as well for all I've seen
And so it goes, and so it goes
And you're the only one who knows

So I would choose to be with you
That's if the choice were mine to make
But you can make decisions too
And you can have this heart to break

And so it goes, and so it goes
And you're the only one who knows

みんなこころに部屋を持っている
誰にも見せない秘密の場所
去った恋人の傷が
新しく癒やされるまで そこですごす

おずおずときみに話しかけた
きみは全然取り繕わない
それでも僕は しゃべりすぎたと感じる
沈黙は 自分を護るため

薔薇を手にするたび
棘だけを感じた
そうして時は過ぎる
きみだって じきにいなくなるだろう

でも僕の沈黙で きみが去るなら
それほどの過ちはほかにない
だからこの部屋に きみを入れるよ
僕のこころ 壊したっていいんだよ

だから僕は目を閉じているんだ
いままでのこと すべて見るために
そうして時は過ぎる
知っているひとは もうきみだけだ

きみと一緒にいることを選ぼう
僕が選んでいいのなら
でもきみにだって 決める権利はある
僕のこころ 壊したっていいんだよ

そうして時は過ぎる
知っているひとは もうきみだけだ


Billy Joel "And so it goes"

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小田急線下北沢駅の
新宿行きホームの中ほどに立つと、
線路を挟んだ向こうにある。
本当のところ、壁ではなくて橋脚だ。
上を井の頭線が走っている。

もう十年以上、この壁を毎日のように見ている。
井の頭線を下車して、小田急線ホームへ階段を降りる。
降りたら左へ曲がって、新宿寄りにすこし歩く。
壁のところで立ち止まり、壁と向き合い、壁を見る。

きたないが、僕は好きだ。
街の歴史が描かれた絵のようだ。
しみのどれかひとつが、自分のように思える。
あの中に自分もいる。

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Don't look back in anger

息子がどうやらギターを好きなので、
休日の食事どきなどにじゃらじゃら弾く。

先日、なんとなくやっているうちに
OasisのDon't look back in angerになり、
オアシスは妻にとっても思い出深いものだから
(高校時代カナダに留学した際、
 Morning Gloryをよく聴いていたそうだ)
久しぶりに歌ってみた。

いったい何について歌っているのか、
詩の意味は全然わからない。
しかし、やはり素晴らしく良い歌である。

たとえば冒頭の
"Slip inside the eye of your mind"
とか
サビ前の
"You ain't ever gonna burn my heart out"
とか、
カタカナで書けば
「すりぴんさいーでぃあいおびょーまーあいん」
「ゆーえいんえう゛ぁーごーなばんまーはあらあーああ」
て感じなのだが、
これを声に出して歌うと
なんだかよくわからないけど
とにかくすごく気持ちいい。

で、サビだが

And so, Sally can wait
She knows it's too late as we're walking on by
Her soul slides away
But don't look back in anger
I heard you say

一行目の"so""wait"と
三行目の"soul""away"が韻を踏んでいる。
これがもうとにかく、ものすごく気持ちいい。

ただ
何を歌っているのかは、やっぱり皆目わからない。
(サリーって誰だ)

作曲したノエル・ギャラガー自身、この詩について
「単なる言葉遊びで、意味など無い」などと言っていて、
・・・いやーそんなことはないでしょう、
そんなのカッコよすぎるでしょうと思うのだが、どうだろう。
本当にそうなのかもしれない。

重要なのは、
この詩が何を言っているのかさっぱりわからないのに、
全体としては
それこそ立ちのぼるように『切ない』ということだ。
『全体として』
青春の終わりとでもいうべきものが
過不足無く表現されているように強く思える。

荻原朔太郎は「月に吠える」の序文で

『すべてのよい叙情詩には、
 理屈や言葉で説明することの出来ない一種の美感が伴ふ。
 これを詩のにほひといふ』

と書いていて、
この考えがまったく朔太郎オリジナルのものなのか、
それより前に
ヴェルレーヌやランボオあたりが言ったことなのかは知らないのだが、
まったくもってこの『詩のにほひ』というやつが
Don't look back in angerには充満している。
今さらながら、ノエル・ギャラガーは凄い。

僕はオアシスのライブを一度しか観たことがない。
2005年の秋、高校時代のバンド仲間が
「代々木体育館のチケットが4枚とれた。
 俺とヨメさんとおまえと、
 あとおまえが誰か誘って4人で行こう」と言うので
それはいいねとほうぼう声をかけてみると、
どうしたものかその時にかぎってみんな都合が悪く、
最後に声をかけた、
当時ほとんど面識の無かった後輩の女の子が来ることになった。

さらに当日になって
今度はチケットを取った友人夫妻が来られなくなり、
結局、僕はほぼ初対面の
その女の子とふたりでオアシスを観たのだが、
その彼女が、いまの妻である。
あのとき、大声で合唱したDon't look back in angerは忘れがたい。

ロンドンオリンピックの開会式で
アークティック・モンキーズが演奏していたが、
「ここでオアシスが見たかったなあ」
と思ってしまったのはトシのせいだろうか。
(事実上)解散してしまったのは実にもったいないことである。

Emotional version of "Don't look back in anger" live 2009

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それもいい それでいい

息子が寝ている部屋のほうから ふんふん不穏な声がするので
ちょっと様子を見に行くと
まだ目は閉じているものの いかにも機嫌わるそうに
体をあちこちよじっている

ひとしきり 右手で頭をくしくし掻いて
そうしてそれからその右手 隣の枕のあたりに伸ばすが
めあてのものには触れない

         (母さんはおふろに入っておられます)

すると再びひとしきり ひんひんふんふん不満を述べて
右手で頭をくしくし掻き
そうしてそれから今度こそはと 枕のあたりに手を伸ばすが
めあてのものには触れない

         (母さんはおふろに入っておられます)

そんなこと三度も四度も続けたら
彼としては もうどうにも我慢ならない
しぶしぶ目を開け
両腕つっぱって
でかい頭もたげると
ベッドの上にのっしと座る
おとぎばなしの森にいる キノコみたいな後ろ姿

キノコゆっくり振り向いて
僕と目が合う
哀しくて哀しくて この世の終わりみたいなかお

ふうふうん

「お母さん おふろ入ってんねん」

ふうふうん

「お母さん おふろ入ってんねん
 すぐ帰ってくるわ」

ふうふうん!

眉間にシワ
鼻はぴいぷう
ちょぼっとしたくちびるは への字にぐいぐい持ち上がり
さあさあこれはもう
わん泣き
ぎゃん泣き
泣いて泣いて泣くがいいと 覚悟を決めて見ていると

今夜にかぎってそこからは
ちょっと違っていたのだ

彼は泣かなかった
ふうんと深い息ひとつ吐くと
僕の目 見つめてあぐらをかいて
暗い部屋の中 じっとしていた

(おまえ
 お母さんいなくて哀しいの我慢してるんか)

(お母さん帰ってくるまで
 泣かんとこうとしてるんか)

「えらいなあ」

やがて風呂からあがった母さんが息子のそばに座ると
先刻までの大人めいたやつは あっというまにどこかへ消えた

母さんのふとももの間に突っ伏し
にゃあにゃあ言いながら柔いところまさぐり

(どうしていなかったの?
 どうして僕の目が覚めたときに隣にいなかったの?)

特権的な 不平不満を述べている

まあそれでもさっきの振る舞いは なかなか立派だったぞと
ちょいと頭をなぜてやったが
こちらにはふいと一瞥だけ
あとはぷいっと母親のほうを 向いてしまってそれっきり

今度はこっちが哀しいが
それもいい それでいい

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強風

前は簡単に出来ていたことが
今は簡単に出来ない
前と同じことをするために
前の何倍かの労力を要する
きみの頭の中は常に強風

そのうちまた
前と同じように出来るようになるだろうと
思ったり願ったりしているが
出来なくなってから
もう五年以上経っている
きみはそろそろ
状況を受け入れなくてはならない
前と同じように出来るようにはならない
元には戻らない

きみの頭の中で起きたこと
きみの頭の中で起きていることを
ひとに伝えるのは難しい
ほとんど不可能と言っていい
僕は今ここに
このように座っていますが(立っていますが)
実はいま僕の中ではとても強い風が吹いていまして
あなたの声を聴き取るだけでも一苦労なのですと
そのように言ったところで
誰がわかると言うのだろう?
わかってもらえないと責めてはいけない
わからないと言ってくれるひとの
率直さに感謝すべきだ

きみはきみの中の強風を受け入れるべきだ
凪ぐのを待っていても無駄なこと
この強風の中で
聴き取り
話し
息をするやりかたを
そのできるだけうまいやりかたを習得していくしかない
そのように受け入れて
なんとか御していくべきだ

わかってほしい

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Zabadak "桜"

Sakura

発表からもうすぐ二十年とは、なかなか信じがたい思いがする。
史上稀にみる名盤であり、傑作だと思う。
惜しむらくは、知るひとが少ないことだ。

吉良知彦と上野洋子のデュオとしてのザバダックは、
このアルバムで最後になった。

十の曲が収録されている。
吉良さんが六曲、上野さんが三曲を作っている。
あと一曲は古い民謡だ。
そして上野さんが六曲、吉良さんが三曲を歌っている。
あと一曲は歌詞が無い。

二人の優れた音楽家が、
アルバム一枚とおして、ぎりぎりのところでぶつかっている。
そして、相手が書いた曲の中で
もう一方が記名性を帯びた演奏をするとき、
クリエイティブな奇跡が起きている。

本当に希有な瞬間が、
琥珀のようにレコードに封じられたのだと思う。
その希有な組み合わせが
もう失われてしまったのは残念でならないが、
もうこれ以上は本当に無理だったのだろう、とも感じられる。

『五つの橋』や『休まない翼』、
そして『Tin Waltz』を、
鉱物を眺めるみたいにして、僕はしげしげと一生聴くと思う。

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いちばん好きな十枚の

順位は決められないので、アルファベット順で。


Achtungbaby
U2 "Achtung Baby" (1991)


Meddle
Pink Floyd "Meddle" (1971)


Nightfly
Donald Fagen "Nightfly" (1982)


Sakura
zabadak "桜" (1993)


Secretstory
Pat Metheny "Secret Story" (1992)


Takk
Sigur Ros "Takk" (2005)


Tapestry
Carole King "Tapestry" (1971)


Setagaya
フィッシュマンズ "宇宙 日本 世田谷" (1997)


Vespertine
Bjork "Vespertine" (2001)


Whatsgoingon
Marvin Gaye "What's going on" (1971)


1971年が三枚。
71年は
ジョン・レノンがイマジン、
ストーンズがスティッキーフィンガーズ、ツェッペリンがⅣ、
ジョニ・ミッチェルがブルーでジャニス・ジョプリンがパール。
個人の好みは脇に置いても、すごい年だ。

ピンクフロイドは原子心母→おせっかい(meddle)→狂気の三枚が絶頂。
その中、なんでおせっかいが図抜けて好きななのか?
正直わからない、説明できない。
ほかの二枚にくらべて、ぼんやりしているからだろうか。

マーヴィン・ゲイについては思春期以降ずっと
これじゃなくて、次のLet's Get It Onのほうにずっと耽溺していた。
ところが息子が生まれて、
だっこで寝かしつけるときにWhat's Going Onを流したら、効果てきめん。
ありがとうマーヴィン、
40年後の東京で、子守歌になってます。

そして、キャロル・キングのタペストリー。
人類遺産。
何をいつからどのように聴いても
郷愁であり感傷であり、徒労であり慰撫である。

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ベージュの絨毯

夜勤明けで家に帰って
薬を飲んで寝た
夜に起きて
薬を飲んでまた寝た

夢を見た

若いころの自分と
若いころの友だち何人か
ベージュの絨毯が敷かれた部屋でだらだらしている
蛍光灯がついている
昼か夜かわからない

ふと気づくと
となりの女ともだちは猫だった
つやつやした銀の毛並み
体を動かすと
風が稲穂をわたるように
光の沢が美しい

ふかふかした腹に
顔をうずめて抱きついた

拒まれるかと畏れたが
彼女がふうと息をして
むしろちからを抜いたので
すっかり気をよくしてますますもぐりこんだ

ほかの女ともだちの声がした
「好きになっとるの?」

猫のともだちが言った
「好きになってきたわ」

僕はいよいよ気をよくして
「もうだめや、なんもできへん」


すると猫のともだちは
「だめやない、しっかりしなさい」


その途端、僕はひとりになって
ごうごう移り変わる景色に浮かんだ
神社の長い階段
河川敷のシロツメクサ
あの交差点のケヤキの並木
学生食堂の唐揚げ冷麺

そしてあのベージュの絨毯の部屋で
女ともだちがひとり
プロジェクタを壁に投射して映画を観ていた
女ともだちは
もう猫ではなかった

映画の中では
白いTシャツのやせた少年が
左の肩に唐草模様のストラップをかけて
うつむいている
あれはギターを弾いているらしい

少年は僕のように見えたが
僕ではなかった


そのまま夢がさめるにまかせた

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夜明け

眠れなかった夜明け
眠っている妻と子を眺める
向き合って目をつむっている

息子は一歳八か月
真面目くさった顔つきで
はだけた乳房の下側に
ちいさな人差し指を触れている
甘い肌の匂い

俺と似たなら
おまえのほっぺたは
十五や十六になっても
まだ林檎のようだろう
そしてそのことを恥ずかしく
思い煩うことだろう
それを見たい

おはよう
行ってきます
きょうもはやく帰れるといい

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春の死について

高校の後輩が春に死んでから
もうすぐ一年になるものだから、
彼女がSNSに残した日記などをつらつらと見る。
見てしまう。

全般、
春に心が悪くなりやすいのは本当のことで、
四月の精神科外来は毎年、明らかに混雑する。

付き添いの母親の呼びかけに皆目こたえない若い誰かの焦燥した横顔や、
ストレッチャーに拘束されて運ばれていく
若いのか若くないのかもわからない誰かの
そこだけあらわな汚れたスニーカーなどを眺めながらやりすごす待合は、
それだけで非常に消耗する。してしまう。

会社の同期もひとり、四月に死んだ。
もうあれは十年以上前のことだが、
十年前の僕はまだ相対的に健康だったので
彼女がなぜ死んだのか、切実には理解できず
ために、
その死を哀しんだり悼んだりすることも容易かった

それが去年、後輩が死んだときは
もうなにもかもすっかり変わってしまっていて、
彼女が生きているのと死んでいるのと、
その境目にふらふら立って
何かの加減、あちらがわに飛び降り消えていく瞬間の心持ちを
自分の感覚としても
あまりに近く知りすぎてしまったため、
哀しいというより、第一おそろしかった

よくもまあ、自分は死なずにすんだものだと

そして僕は、
第一おそろしいと思った自分を恥じたし嫌悪した
今も恥じているし、嫌悪している

SNS上の後輩の日記は
法科大学院に通っているころから始まっていて
落ち込んだり、元気になったり
文面から読み取れる感情の起伏も
最初のころは至極尋常な範囲のものだが、
それがやがて、今にしてみると
尋常ではなくなってくる

本格的な療養に入って以後は
更新の頻度が数か月に一度になり、
次の日記、次の日記とクリックすると
記録された時間は加速度をつけてびゅんびゅん過ぎ去り、
そして突然

『これ以上、日記はありません。』

一瞬、虚を突かれた。
見てはいけないものを見たように感じた。

見てはいけないものなどであるはずがない、
見てはいけないもののように感じるのは
自分が恥じているからだ

そのうちこのような物思いも
春がめぐるごと、濃度を失っていくだろう
だが今年の春はまだ、物思わずにはいられない

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«2012年3月11日