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それもいい それでいい

息子が寝ている部屋のほうから ふんふん不穏な声がするので
ちょっと様子を見に行くと
まだ目は閉じているものの いかにも機嫌わるそうに
体をあちこちよじっている

ひとしきり 右手で頭をくしくし掻いて
そうしてそれからその右手 隣の枕のあたりに伸ばすが
めあてのものには触れない

         (母さんはおふろに入っておられます)

すると再びひとしきり ひんひんふんふん不満を述べて
右手で頭をくしくし掻き
そうしてそれから今度こそはと 枕のあたりに手を伸ばすが
めあてのものには触れない

         (母さんはおふろに入っておられます)

そんなこと三度も四度も続けたら
彼としては もうどうにも我慢ならない
しぶしぶ目を開け
両腕つっぱって
でかい頭もたげると
ベッドの上にのっしと座る
おとぎばなしの森にいる キノコみたいな後ろ姿

キノコゆっくり振り向いて
僕と目が合う
哀しくて哀しくて この世の終わりみたいなかお

ふうふうん

「お母さん おふろ入ってんねん」

ふうふうん

「お母さん おふろ入ってんねん
 すぐ帰ってくるわ」

ふうふうん!

眉間にシワ
鼻はぴいぷう
ちょぼっとしたくちびるは への字にぐいぐい持ち上がり
さあさあこれはもう
わん泣き
ぎゃん泣き
泣いて泣いて泣くがいいと 覚悟を決めて見ていると

今夜にかぎってそこからは
ちょっと違っていたのだ

彼は泣かなかった
ふうんと深い息ひとつ吐くと
僕の目 見つめてあぐらをかいて
暗い部屋の中 じっとしていた

(おまえ
 お母さんいなくて哀しいの我慢してるんか)

(お母さん帰ってくるまで
 泣かんとこうとしてるんか)

「えらいなあ」

やがて風呂からあがった母さんが息子のそばに座ると
先刻までの大人めいたやつは あっというまにどこかへ消えた

母さんのふとももの間に突っ伏し
にゃあにゃあ言いながら柔いところまさぐり

(どうしていなかったの?
 どうして僕の目が覚めたときに隣にいなかったの?)

特権的な 不平不満を述べている

まあそれでもさっきの振る舞いは なかなか立派だったぞと
ちょいと頭をなぜてやったが
こちらにはふいと一瞥だけ
あとはぷいっと母親のほうを 向いてしまってそれっきり

今度はこっちが哀しいが
それもいい それでいい

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